朝焼けのバルコニー
―いつもと違う、朝の喧騒。
耳障りな、雑音めいた音に、エステラは重い瞼を上げた。
「……?」
見慣れない部屋。
「ここ……」
まだよく回らない頭で、きょろきょろと見回すと、隣のベッドに眠っている誰かの姿が目に入った。
穏やかな寝息を立てる、淡い色の髪の少年。
「……あ……」
―思い出した。
エステラは静かにベッドを下りると、バルコニーに出た。
朝焼けが広がる空と、空を映した葡萄酒色の海が、ただ視界を占める。
「……来たよ……『チャド』……」
星の砂になったという『チャド』の一部は、きっと、波にさらわれて、この海に在るだろう。
信じて、ひと足早い挨拶の言の葉を投げる。
覚悟していた胸の痛みは、仄かに引っかかる棘のようなもので。
もう大丈夫……エステラは、穏やかに笑みを刻む。
少し冷たい、清浄な空気に身を晒していると、部屋の中から軋むような音が聞こえた。
「おはよう、チャド。目が覚めた?」
振り返り、声をかけると、エステラのガウンを持ったチャドが、バルコニーへと出てくるところだった。
「おはよう。早いね」
「潮騒が耳についちゃって……」
「ああ……慣れないと、煩いかもしれないね」
ふわりとガウンを着せかけてくれるチャドの腕を取る。
エステラの手に導かれるまま、チャドは、後ろからエステラを抱きしめた。
「エステラ……大丈夫?」
少し心配そうなチャドに、エステラは笑って頷いた。
「うん」
だって、と、エステラは続ける。
「あたしは、『報告』に来たんだもの。
『もう大丈夫だから』って……『チャド』に」
―目の前の人と、魂を分かち合っていた『ミラーノイド』。
命を懸けて、オリジナルを救い出し……自分と、出逢わせてくれた。
「『チャド』のことは、大事な思い出だし、これからも、忘れたりはしないけど……」
自分にとって、今、誰よりも大切なのは、こうして自分を暖かく包み込んでくれる、優しい腕だと知っているから。
「エステラ……」
チャドは、微かな驚きで、エステラの眼差を迎える。
「……大好き」
抱きしめる腕にぎゅっと掴まると、応えるように抱きしめ返してくれる。
「……初めて……だね。
エステラから、そう言ってくれたの」
「ずいぶん待たせちゃって、ごめんね」
朝焼けは、紫から朱へと移り変わり、周囲を薔薇色に染める。
「ここに来るまで、ずっと不安だった。
もしかしたら、あたしは、『チャド』の身代わりとして、あなたを見てるんじゃないか……って。
ここに来て、『チャド』を思い出すことで、気持ちが揺らぐ
んじゃないかって。
でも……」
チャドは笑って、エステラの唇に、触れるだけのキスをする。
「……いいよ。もう、言わなくても」
「チャド……」
誓い合うように口接けを交わし、エステラはバルコニーの手摺にそっと両手を置いた。
「……『チャド』、見てる?
この人が、あたしの恋人よ。
あなたと出逢うことで『絆』が生まれて、あなたが命懸けで結んでくれた……。
ありがとう。あなたに逢えて、よかったと思ってるわ」
「……」
チャドはエステラの隣に歩み寄ると、細い肩を抱いた。
「君と会ったのは、ただ一度だけど……僕も、君のことは忘れないよ。
君の愛したエステラを、僕なりに愛し、守っていく。
だから、安心して眠ってください……『チャド』」
顔を上げるエステラを、暖かな微笑みが待っていた。
「君が好きだよ、エステラ」
「……あたしも……チャドが好き」
明けていく空が、心を透明にしていく……目の前の人が愛しいという想いだけで、満たされていく。
鮮やかに射し込む金色の陽は、『チャド』からの最後の祝福のように、二人を取り巻いた。
*
朱桜一樹様のページで
2000を踏んでいただいたキリリクノベルです.
「オリジナルチャドと,エステラのハッピーエンド物」
オリジナルチャドとのエンディングがどうなったか
気になって気になって仕方なかったので,
ついに人様に書いていただくことにしました(苦笑).
一樹様,ありがとうございました♪
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